
祀られている神様
義民爺
紹介
褒忠亭義民廟は台湾全土の義民信仰の総本廟であり、台湾客家民族にとって最も重要な精神的聖地です。一般の廟が神像を祀るのとは異なり、義民廟の信仰の核心は廟の裏にある「義民塚」です。ここには清代の林爽文事件などの動乱において、故郷を守るために犠牲となった二百余名の客家義勇兵の先烈が眠っています。廟の建築は荘厳で、正殿の扁額「褒忠」の二文字は乾隆帝が御賜したものです。毎年旧暦7月20日の義民祭は桃竹地域の十五大庄が輪番で主催し、「神豚コンテスト」で有名です。参拝者は競い合って最も肥えた神豚を飼育し献上するもので、先祖への最大限の敬意を表し、規模は壮大で、台湾客家民族にとって最も重要な年中祭典です。
歴史
清乾隆51年(1786年)に林爽文事件が勃発し、新竹・桃園一帯の客家の郷勇が義軍を組織して故郷を死守しました。戦後、犠牲となった二百余名の義勇が枋寮(現在の新埔鎮)に合葬され、乾隆55年(1790年)に郷民が資金を集めて廟を建立し、乾隆帝が「褒忠」の扁額を御賜しました。その後の歴代の事件(朱一貴、戴潮春事件など)で犠牲となった義民も順次合祀されました。義民廟は台湾客家精神の象徴聖地となり、その独特の「墳墓をもって廟とする」信仰形式は、台湾の宗教文化において独自の存在です。