伝説
『地蔵菩薩本願経』にはこう記されています。地蔵は、はるかな過去世においてある婆羅門(バラモン)の娘でした。その母は生前に三宝(さんぼう/仏・法・僧)をそしった罪で、亡きあと地獄に堕ちてしまいます。娘は家財を売り払って広く供養をととのえ、仏前でこう誓いを立てました。もし母を地獄の苦しみから救い出せるなら、わたしは衆生をことごとく救い、地獄が空にならぬかぎり仏にはならない、と。この願の力によって、彼女は母を救い出しただけでなく、みずから冥き世を救う道を歩みはじめたのです。
また別の過去世では、地蔵は光目女(こうもくにょ)という名でした。やはり地獄に堕ちた母のために仏を供養し願を立て、その母を救い出します——どちらの物語も「母を救う」ことから始まります。孝心が、仏教でもっとも重い誓願を支えているのです。
言い伝えでは、唐代に新羅(しらぎ/今の朝鮮)の王族・金喬覚(きんきょうかく)が海を渡って中国の九華山(きゅうかざん)で苦行し、亡きあとも肉身が朽ちず、生けるがごとき面容を保ったことから、地蔵菩薩の応化(おうげ/化身)と認められました。九華山はこうして地蔵の道場となり、普陀山(ふださん)・五台山(ごだいさん)・峨眉山(がびさん)とともに四大仏山に数えられます。明・清の時代、地蔵信仰は移民とともに海を渡って台湾に伝わり、この地の亡き魂をいたわる伝統とぴたりと響き合いました——台湾で地蔵は、どの家でも知る菩薩となったのです。
